楽しいことに身銭を切る、ということ

要約

撮影者選び、どうすれば良いか基準がわからない…!という人は、金銭、時間etc.. の犠牲をその人との写真のために払っても良いと思える撮影か?を正直に考えて選択しよう。どんな時でも「No」は絶対に言う、言える環境を作る。双方のために。

以下、長文

触っただの、揉んだだの、押し倒しただの、男女トラブル(カメラマンとモデルの間でのトラブル、とも認識されている)に対しての言及および紛糾がSNS上で定期的にバズっては消えて行くが、誰しも幸せになれる解決方法=「万能薬」が見つかったという話は今のところは聞かない(そんなものは無いのだろう。)

トラブルは起こって欲しくないし、出来ることなら未然に防ぎたい。故に、「自己防衛しよう」「油断しないようにしよう」というふわっとした話になる。正論だが、「どうやって?」が次の疑問である。

冒頭に書いた通りに万能薬はなく、「自分で考えるしかない」と言うのが答えだ。しかし、「どんな風に見分ければいいかよくわからない…」と、撮影中によく話題になる現実では、このド正論すぎる正論は、受け入れられたとしても、機能はしないだろう。

こっちがNoと言ってもノリノリで雪原で死体を演じる
比良坂百合子

そこで、具体的な方法論として(あくまでも例として)、1つの考え方を示す。それは、「その撮影に対して自分が身銭に切る価値があるのか?」と自分に問い掛けることである。

例えば交通費。その撮影に行くのに往復で2,000円掛かるとする。相手が普段撮っている写真と自分を重ね合わせてみて、得られそうな写真を思い浮かべながら、交通費の2,000円を天秤に掛ける。その写真は自分にとって価値があるものだろうか、写っているのが自分以外の誰でもいい写真だったりしないのだろうか…。天秤にかけた答えがYesなら撮影に行く、Noなら断る。それだけのことだ。

身銭は交通費以外でも何でもいい。折半となるスタジオ代分の価値の写真が撮れるのだろうか。撮影のために新しい服を下ろすとして、その価値はあるだろうか。撮影があるときは数日前にはいつもより入念に髪と肌のケアをするがその化粧水代分の価値があるだろうか。あるいは、その時間普段ならバイトをしているはずだが、撮影に行く時間分の時給が犠牲になる、と言う皮算用でもいい。また、人によってはお金の価値よりも時間の価値の方が高いと考えているだろう、その場合は「時間」を天秤にかけても良い。家族と過ごす時間、恋人と会う時間、勉強をする時間、掃除、読書、昼寝、買い物、何でもいい。他に自分の貴重な何かをできた時間を撮影に使って良いのだろう、と考えるのである。

これでトラブルがゼロになるわけではないが、何も考えずにトラブルに巻き込まれる場合よりは、多少は納得のいく(自分なりに考えて行動した末の失敗として)受け止め方ができるのでは、と思う。その上で、雲行きが怪しいと思った際は、迷わず躊躇わずトラブル発生の水際で「No」と言う勇気。多少の嫌な思いはするだろうが、トラブルを最小化することは出来る。また身銭を切っていることで、「No」と言える心理的なハードルは下がっているだろう(お前のためにこんなに金を出してるんだから、など筋違いのことを相手に言わせにくい)。

赤の他人を我慢して良い写真が撮れることはない。そこにあるのは我慢している自分の顔の写真だ。きっぱりNoと言えない性格なら、Noと言える友達を同伴させるか、ハイリスクローリターンの旅を続けて自分を嫌いになるかの2択である。別の趣味を探したり、会うのは友達限定にする(写真が上手そう、というだけの理由でネット上で知り合った人と会うのは辞める)など、アプローチの方法を変えるべきだろう。

楽しいことをしたい、一円も身銭を切らのは嫌だ、トラブルも嫌だ、という気持ちはわかるが、無理を言っていると考えた方が無難だ。

楽しいことをするためにお金がかからない、なんてことはない。あなたが何も払わないで楽しさを享受しようとしているとき、あなたが払うべきだった金銭は、撮影相手が払っているのである、あなたに対して何らかの対価を期待して。

あなたが惜しんだいくらかの出費は、あなたの身に及ぶリスクを高める。「金を払ってる人間が偉い」「金を払えば何をしても許される」という考えを肯定はしないが、初めて会う相手がそういう考え方をしている可能性は常に心に留めておくべきだろう。マクドナルドのスマイルは0円だ、では私のスマイルは?などと考えて一喜一憂するだけ時間の無駄だ。あなたが思った通りに相手があなたを評価してると思わない方が良い(悪いことしようと企むやつに、どうせまともなセンスはない、と思っておこう)。それよりも確実なのは、身の丈に合った額で良いので身銭を切ること。浮いた金銭と失うもののバランスを考えれば、ハイリスクローリターンなのだから。

(自分で身銭を切るどころか、撮影のギャランティや交通費がもらえる場合はここでは考えていない。リスク管理はプロなら仕事の一部である。もらえるギャランティとリスクを天秤にかければ良い話であるし、契約書をきちんと用意して双方同意の元でサインする時間を作ればトラブルはもっと回避し易いだろう。それが出来ないのならフリーランスは時期尚早なので、面倒見の良いモデルエージェントを探すなど、自分に合った方法を探すのが無難だろう。)

ここまで自分のことを棚上げにしつつ、モデル目線でのリスク管理について具体的な方法の事例を書いた。さらに1段自分を高い棚の上に押し上げつつ書いてみる。「撮影側が出来るリスク管理は?」

色々あるだろうが、楽しくやるため必要な条件の1つは、「No」と言える人とモノを作る、ということではないかと。

散々偉そうにこんなことを書いてる私なら撮影トラブルは発生しないのか、と問われれば、はっきり言って自信はない。なぜなら、「嫌だ」と思う感情は人それぞれだから、である。

SNSで報告されてるトラブル事例も明確な悪意を持った末の結果というよりは、無知で無考慮(つまり、何も考えていない)行動が生んだのでは、と思える節が多々ある。極端な例だが、「貴女は着衣のままで、私が全裸になって撮影する、逆転の発想でやりたい。」と持ちかけて炎上してた人が居たが、私は未だにこの人の悪意の所在を確信出来かねている。ただ、頭が幸せなだけだったのでは…と。

発言をするときは、受け取り側に対して失礼がないか、この内容を伝えられるだけの人間関係がそこにあるか、など熟考してから行動に移す。相手がNoと言えない性格なら、当たり障りのない提案しかしない(あるいは、一切の提案をしない)。これらが犯罪者にならずに写真を楽しむための、撮影者のリスク管理の初歩になるのだろう。

ここまでコミュニケーションに時間と神経を費やしつつ、出費も厭わず続けるのが(写真に限定せず)人と関わる趣味というものである。表面的に見で取りやすいのは「良い人」「悪い人」などの単なるラベルの違いの部分だが、根底の部分では、長く続けている人は良い人も、悪いことをしてる人もみな全員が自分だけの世界を持った一癖も二癖もある、クレイジーな人間であり、その集合が趣味界隈である(異常者の集まりだ!)、ということを忘れてはいけない、ということを述べて今回の結びとしたい。

絶対にトラブルに会いたくないのなら、友達同士の輪から道を踏み外さないのが確実な自己防衛、リスク管理の方法である、ということである。

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