モデルさんと一緒にものを作るという”コト”を共有したい

撮った写真(データ)は送っています、は当然の振る舞いとして、撮った写真については「NG」を教えて頂いている。残念にもNGに輝いた写真は、今後どのような形でも外に出さないようにします、という姿勢です。

なぜNGを教えてもらっているのか。

モデルさんと一緒にものを作るという”コト”を共有したいから、が理由である。

model: xxchana37xxさん
2度目ましての撮影、ありがとうございました。

初めましての撮影で良いものが撮れることはある。今までの経験上「あった」。けれども、お互いの納得する良いものが撮れるのは、2度目まして以降のことが多いのではないでしょうか。

しかしながら、おそらくだけれども、撮る側も撮られる側も、どっちの何も意識せずに2度目まして、3度目ましてを・・重ねて行ったところで、撮れ高は増えども、結果の満足度はさほど上がらないだろう。

撮る側はモデルの癖や特性、嗜好を理解しようとして。撮られる側も撮影者の方法や性癖理解を含めて、お互いのその時の興味と関心の指向性が良い感じにクロスした交差点に、何か新しい良いものが生まれるのでは、と。

事前にロケハン写真を見せていた場所で、まったく同じ構図で。

「待ち合わせをしたは良いけど、撮れなかったらどうしよう」と悩んだことは最近では流石に無いが、「楽しんでるのは自分だけで、撮影中に嫌になっちゃってて早く帰りたいと思われていたらどうしよう・・」はある。初めましての際はほぼ毎回と言っても過言では無い。モデルさんがチラッと時計を見たので、とかそういうキッカケにビクついてとか、そう言うのでは無い。何もなくても、です。

ここがいいね、と独断と偏見に基づいてロケーションを決めて、画角やストロボの有無、距離・角度など”勘”で決めて撮ると言う行為。はたから見たら撮る側の独りよがり的な行為では無いだろうか、とか、無理して付き合わせちゃってるんじゃ無いか、とか思っちゃうのです。

理想を言えば、撮った先からすべて絵を見せられるのが良い。カメラ背面の液晶とかじゃダメで、タブレット程度には大きい画面をリアルタイム見ながら自分のポーズや前髪のポジションを見直せるくらいがちょうど良い、と思ってます。

スタジオなら可能だけど、屋外だと難しいので、外で撮るときは「これは良いぞ」と言うものが撮れたときや変わった画角で撮るときなんかは、変に気を遣わせてしまわないよう心がけつつも、なるべく背面液晶で写真を見てもらおう、としています。

そして現像・レタッチ後はセレクトしたデータを確認して頂いて、お気に入り〜NGまでの5段かいの評価を頂いているわけです。「これは良いぞ!」と思って撮っていた写真が本当に良いものだったのか、フィードバックを頂くために。

このとき、自分が「良い!」と思ったものだけを渡してしまわないように気を付けている。自分的にはまあまあでも、人によっては「すっごい良い!」と言うかも・・という視点や、この人ならこれが好きかも・・という視点を織り交ぜつつ写真を選別している。

ちょっとモデル側に寄り添いすぎかな〜、と思うときもある。例えば、撮影内容・テーマによっては、「これがいちばん良いお前の表情じゃい!」と言わんばかりに、何千・何百枚も撮ったうちの中から撮影者視点による厳選の、それも全くキメ顔じゃ無い不意を突いた写真を2、3枚だけを使います後は全部消しました、とそのデータだけ現像して送りつける、と言うオレ様手法じゃなければ撮れない写真もあるだろう、と思う。が、そう言う写真は相当の覚悟を持った人同士でやればいいわけで、少なくとも「はじめまして」じゃ無いと。だから、寄り添いすぎかな〜くらいをちょうど良いとして、これを「是」として今はやっている。

唐突に現れた「プレーパーク」の謎フラッグの前で。偶然性も一緒に楽しめるのが面白い。

自分と自分以外の人の視点ってやっぱり違うよなー、と撮影のたび、つくづく思う。特にNGとする視点はモデルさんによってかなり違う。喋ってる感じやSNSの写真の感じだけからはその感性を読み取ることができないことが多いので、写真1枚ずつに評価をいただくことにしてやっと「わかる」のである。すごく勉強になるしこれからも勉強させていただきたい、と思っている。始めてみて・やってみて本当に良かった。(既存でこういうシステムがなかったので、まずはOK/NGの2段回に、そして5段回拡張へ・・とあれこれ悩みつつ自分で作っている。)

「喜んでもらおう」を目的にして撮った結果で喜んでもらえるのは、最低限の写真の機材と腕前さえ持ち合わせていれば、ある意味で当然だと思う。難しいのは、過程を楽しんでもらいつつ結果に喜んでもらいつつも、そこに撮影者の「自分」をぶつけていって、ミックスしてものを作り上げていく”コト”。

「綺麗に写ってて嬉しい」とかそんな甘〜〜い感想を目的とする撮影じゃなくて、何かしらのイメージを事前あるいは最中に共有し、それを形にしていく”コト” = その行為を楽しんでいただいて、結果に満足していただくというのがいかに面白く、そこにモデルと2人で作り上げていく写真行為の本質と価値があるのではないか、と信じている。そこを2人で目指していくために、どういった工夫をす流ことでたどり着けるのだろうか、ということを毎日のように頭のどこかで考え続けているのである。

ここの場所、chanaさん好きそうだな〜という予想で。
Instagramで使って頂いているのを見て本当に嬉しかった。

Amazonにオススメされて買った、とあるグラビアを撮ってるプロの方が書いた本には「モデルに手の内を見せてはいけない」と言うことが書いてあった。確かに、プロが自分の背負った看板を汚さないように本気で仕事をしていくには、前述のオレ様写真くらいの覚悟と意地とプライドが必要だろう。それは素人には想像の付かない大変な世界なのだろうな、と思う。

それを理解した上でも、今も自分の方法論は「手の内を明かしたい」なのだ。

本人にバレないように下心を隠しつつちょいエロなことを無意識でさせつつ撮るとか、素人にありがちな「手の内を見せない」を曲解した手法はもう古いのである。同じ写真でも、「今からこういう男性心理にグサっと刺さるこんな感じの写真を撮りたい、その心理とは・・」と説明をした上で演じてもらう、あるいは恥じらってる姿を双方合意の上で撮る、ということを目指す。別にエロに限定しない。どんなつまらない些細と思える感情でも、可能ならその場、その場で共有していきたい。

「明かしたい気持ち」を我慢しつつ、あえて言わないで想像させながら撮る、というのも良い。だが、それを使うのは、理由が分からなくても何か意味のあることが裏にあるのだろう、とモデルが信頼してくれている、その関係が築けているときに、だけ。

model: さん
写真のタイトルは「思い出の町」なのだけれど、誰の何の思い出なのか全く説明していない。
翠さんも敢えてそこを聞かずに撮影終了。いまだに説明していない・・
けど、そろそろ翠さんにだけこっそり言おうかしら・・笑

なぜNGを教えてもらっているのか。

モデルさんと一緒にものを作るという”コト”を共有したいから。

この感情で、このまましばらく写真をやっていきたい。

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